「悲しき勇者サムソン(士師記16章より)」
1悲しき勇者サムソン
旧約聖書が語ること。 旧約聖書はありのままの人間の姿を描いています。そしてこのサムソンの物語も全く同じです。人間は同じ石につまずきます。それは自分の姿が見えていないからです。それこそが聖書で言う罪、的外れな人間の姿です。聖書は聖なる書物なのに、こんな人間の醜い姿が描かれていると思われるかもしれません。そうではなく、聖書だからこそ、そのような人間の姿を隠さずに表しているのです。私たちは、自分の的外れさをしっかりとみることができるものでありたいと思います。
2.悲しき勇者は真の勝利者となる
士師はそれぞれの場所で民を支えました。しかもどうして士師になれるのという様な欠点を持った人が用いられています。つまり私達も士師として用いられると言っているのではないでしょうか。最近有名人の自死のニュースがありました。どうしてと思えるような幸せな環境の方でも亡くなられています。やはりこのコロナ禍の中、相談相手の必要性を感じます。「あなたも行って同じようにしなさい」(ルカ10:37)、「Go To Your Friends(友達の所に出かけよう)」と私達に語り掛けているのではないでしょうか。主が共にいてくださる(インマヌエル)」という新約の恵みを運ぶ者となりたいものです。